僕がAGAを自覚したのは、三十歳を過ぎた頃だった。日に日に後退していく生え際を見るたびに、焦りと絶望感に襲われた。クリニックでの治療も考えたが、ウェブサイトに書かれた月々数万円という費用に怖気づき、僕はより安価な「個人輸入」という道を選んでしまった。インターネットで検索すると、すぐに個人輸入を代行するサイトが見つかった。そこには、クリニックで処方される薬と同じ名前の製品が、驚くほど安い価格で並んでいた。僕は疑うこともなく、一番人気だと書かれていたフィナ-ステリドのジェネリック薬を注文した。数週間後、海外から届いた質素なパッケージ。説明書は外国語で、錠剤の見た目もどこか安っぽい気がしたが、「これがジェネリックだからだろう」と自分を納得させ、その日から毎日一錠、欠かさず飲み続けた。しかし、半年が経っても、一年が経っても、僕の髪に変化は訪れなかった。抜け毛は減るどころか、むしろ少しずつ増えている気さえする。サイトのレビューには「三ヶ月で効果が出た」といった書き込みが溢れているのに、なぜ自分だけ効かないのか。僕は、薬の量を増やせば効果が出るかもしれない、という危険な考えに取り憑かれ、自己判断で一日二錠飲むようになってしまった。その直後から、僕の体に異変が現れ始めた。経験したことのないほどの倦怠感と、吐き気。そして、ある朝、鏡に映った自分の白目が、明らかに黄色くなっていることに気づいた。黄疸だった。恐怖に駆られた僕は、近くの内科に駆け込んだ。血液検査の結果、告げられたのは「薬物性肝障害」という診断だった。原因は、個人輸入したあの薬に違いなかった。それが偽物だったのか、有害な不純物が含まれていたのか、今となっては確かめようもない。僕は、幸いにも入院と治療によって回復することができたが、髪は治療前よりもさらに薄くなっていた。安さを求めた代償は、髪だけでなく、健康、そして何より貴重な時間を失うという、あまりにも大きなものだった。